掲載日:2021/09/08 本情報は掲載日時点の情報となります。予めご了承ください。

渋沢栄一の軌跡をたどる
新一万円札の顔

大河ドラマ『青天を衝け』の主人公、かつ、新一万円札の顔である渋沢栄一。
約500の企業を育て、約600の社会公共事業に関わりながら、その功績はあまり知られていません。

そこで渋沢の功績に触れつつ、ゆかりの地をご紹介。
読むだけでも渋沢栄一について学べます。

※写真:内山峡周辺の約9kmに渡りコスモスが咲き乱れる「コスモス街道」(長野県)

北海道:サッポロホールディングス

飛躍する礎を築いた
サッポロホールディングス


北海道庁から札幌麦酒醸造場の払下げを受けた大倉喜八郎は、政財界に多大な影響力を持つ渋沢栄一や他の実業家に事業を譲渡しました。
ビール事業をより確実なものにするべく、大倉自らも経営に参画し、新会社「札幌麦酒会社」を1887年に設立。
栄一らの加入によって、会社が大きく飛躍する基礎が確立されていきました。

宮城県:七十七銀行

誕生、発展に力を貸した
七十七銀行


東北地方の発展に力を入れていた渋沢栄一は、1878年、第七十七国立銀行(現・七十七銀行)が誕生する際、銀行のあるべき姿や経営について指導したり、人材派遣に尽力。
後に相談役に就任するなど、七十七銀行に寄り添い続けました。
本店4階にある「七十七銀行金融資料館」には渋沢栄一に関する資料も展示されています。

群馬県:富岡製糸場

建設計画を推進
富岡製糸場


明治政府は洋式の繰糸器械を備えた官営模範工場の建設を計画した際、当時政府に所属していた栄一を、農家出身で養蚕に詳しかったことから設置主任の1人に任命しました。
フランス人技師を雇うことを決議するなど建設を躍進。
従兄で学問の師・尾高惇忠も一緒に活動し、工場完成後は初代場長に就任しました。

埼玉県:中の家

渋沢栄一生誕地に建つ旧渋沢邸
中の家


渋沢栄一の妹夫妻によって1895年に建てられました。栄一が帰郷した際に滞在し宿泊した場所です。
住宅として居住されていましたが、1985年から学校施設として使用され多くの外国人留学生の学び舎へ、2000年には深谷市に帰属されました。
主屋には、80歳頃をイメージした和装姿の栄一のアンドロイドが12月26日までプレ公開されています。

長野県:内山峡

信州にあり、第二の故郷として愛した場所
内山峡


家業の藍玉を売るため信州を訪れ漢詩を学んでいた渋沢栄一。
漢詩「内山峡」のなかで、青空を衝き、白雲をも穿(うが)つ気持ちで突き進むという自身の気持ちを詠み、大河ドラマ『青天を衝け』(NHK)のタイトルの着想源になったと言われています。
秋には内山峡に通じるコスモス街道のコスモスが美しく、花の向こうには奇岩と紅葉のコラボが見られます。

京都府:同志社 彰栄館

新島襄の志を支援した
同志社 彰栄館


教育への強い志を同じくする新島襄に強い感銘を受けた渋沢栄一は、自らも寄付をし、基金の募集及び管理に尽力しました。
新島は大学の誕生を待たずに亡くなりましたが、以降、渋沢は同志社大学と深い関わりを持ち続けます。
彰栄館は同志社最古の煉瓦建造物で、1979年に重要文化財に指定されました。

東京都:飛鳥山

終焉まで家族と過ごした
飛鳥山


設立に尽力した王子製紙の工場が眼下に広がる飛鳥山に別荘を建設。
その後本邸として亡くなるまで家族と過ごし、飛鳥山をこよなく愛しました。
大正期に建てられた2つの建物は国の重要文化財に指定され、当時のままの姿で残っています。また、飛鳥山にはたくさんの桜が植えられ、春には桜の名所として大変賑わいます。

大河ドラマ『青天を衝け』 大河ドラマ館が東京にやってきた!

大河ドラマ60作目となる『青天を衝け』。東京都北区、緑深い飛鳥山に居を構えた渋沢栄一。
そのゆかりの地に北区飛鳥山博物館があり、期間限定で「渋沢×北区 青天を衝け 大河ドラマ館」がオープンしました。
入口には8mの大型スクリーンが来館者をお出迎え。
館内は青を基調としたつくりになっており、『青天を衝け』を詳しく知るためのパネル、撮影で使用した衣装や小道具などが並び、ファンにはたまらない展示内容になっています。

■基本データ

住 所 北区飛鳥山博物館内(東京都北区王子1-1-3)
開設期間 〜12月26日(日)
開館時間 9時〜17時(最終入館16時30分)
混雑期<10月3日(日)まで>9時〜18時(最終入館17時30分)
休 館 日 毎週月(祝日・休日の場合は開館、直後の平日が振替休館)
料 金 18歳以上 800円、小中高生 400円、未就学児 無料
※チケット情報は公式HPをご確認ください。

渋沢栄一が携わった社名・事業名

約500の企業育成に携わり、それと同時に約600の社会公共事業や民間外交にも尽力しました。
ほんの一部ですが、どのような会社・団体に関わったのか紹介します。

部門 当時の社名・事業名
金融機関 第一国立銀行
日本勧業銀行
三井銀行
横浜火災保険
東京海上保険
交通・通信機関 日本郵船
日本鉄道
東京地下鉄道
日本航空輸送
日本無線電信
商工業 王子製紙(紙パルプ)
東洋紡績(繊維)
日本皮革(皮革)
明治製糖(食品)
東京製綱(鉄鋼)
東京電力(電力)
東京株式取引所(取引所)
秩父セメント(窯業)
川崎造船所(輸送用機器)
帝国ホテル
三共(化学)
大阪瓦斯(ガス)
清水家(建設)
王子倉庫(倉庫)
東京印刷(諸商工業)
社会事業 社会事業協会
愛の家
日本赤十字社
東京慈恵会
聖路加国際病院
教育 東京商科大学
東京大学
日本女子大学校
早稲田大学
法政大学
学術・文化事業 理化学研究所
帝国劇場
博報堂
東洋経済新報社
日本放送協会